2016年6月、東海ラジオの長寿番組「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」の生放送中に、パーソナリティの宮地佑紀生氏(当時67歳)が共演者の女性タレント、神野三枝氏(当時50歳)に対し暴行を加えた事件が発生した。この出来事は、ラジオ業界では極めて異例の生中継中の暴力行為として注目を集め、番組の即時打ち切りや宮地氏の逮捕・有罪判決につながった。事件は東海地方を中心に活躍する人気タレントの転落劇として語り継がれ、メディア倫理や職場環境の議論を呼んだ。宮地氏は後に復帰したが、2026年1月10日に骨髄異形成症候群のため77歳で死去した。

事件の背景
宮地佑紀生氏は1949年1月9日生まれ、名古屋市出身のタレント・ミュージシャンである。1970年代からラジオパーソナリティとして活動を開始し、名古屋弁を活かした軽妙なトークで人気を博した。特に東海ラジオの「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」(1997年4月開始)は、月〜木曜13:00〜16:00のワイド番組として19年以上続き、2002年には日本民間放送連盟賞(ラジオ生ワイド部門・優秀賞)を受賞するなど、地域の「午後の顔」として定着していた。
共演者の神野三枝氏は番組アシスタントとして長年参加。2人の掛け合いが番組の魅力の一つだったが、報道によると、10年以上前から宮地氏の振る舞いについてトラブルがあったと神野氏が供述している。宮地氏自身も多忙な生活や借金問題を抱え、短気になっていた時期があったと後年のインタビューで語っている。
事件の経緯
2016年6月27日午後2時55分頃、東海ラジオスタジオでの生放送中、宮地氏は神野氏の左膝を数回蹴り、放送用マイクで唇を殴打した。これにより神野氏は全治約10日間のけがを負った。
放送音声では、神野氏がリスナーからのプレゼント当選者のお礼を紹介中、「痛い痛いっ…え?何ですか?」と突然痛みを訴え、「プレゼントをいただいた方のご紹介じゃないんですか?」と問いかける場面があった。宮地氏は「だからいただいた人のやつ、いただきゃええがね」と返答し、直後にマイクの衝撃音や神野氏の「ごめんなさい」という声が流れた。番組はそのまま16時まで放送を続けたが、スタッフは調整室から異変に気づかなかった。
神野氏は翌28日に被害届を提出。宮地氏は「番組の進行に不満があった」などと供述し、容疑を認めている。動機については、プレゼント関連のやり取りがきっかけとみられるが、詳細は「何らかの行き違い」と番組スタッフが説明した。
6月30日、愛知県警千種警察署は宮地氏を傷害容疑で逮捕。7月1日に名古屋地方検察庁へ送検されたが、同日釈放された。
事件の影響と対応
東海ラジオは逮捕を受け、6月30日の放送を特番に差し替え、番組を即時打ち切りとした。「極めて遺憾で残念」「リスナーおよび関係者に多大な迷惑をおかけし、深くおわびする」とコメントを発表。19年3カ月の歴史に幕を閉じた。
宮地氏の出演していたスガキヤのテレビCMや関連スポットも中止。レギュラー番組降板など、芸能活動は事実上停止した。事件はネット上で大きく拡散され、「ラジオ生暴力」として話題となった。
2016年12月、名古屋区検察庁は傷害罪で略式起訴。名古屋簡易裁判所は罰金30万円の略式命令を出し、有罪が確定した。
2017年9月、所属事務所は宮地氏と神野氏が事件について「円満に解決」したと発表した。
復帰とその後
事件後、宮地氏は活動を自粛。2018年頃から徐々に復帰し、CBCラジオ「ともだちラジオ本音でゴメン!!」などで再始動した。復帰インタビューでは「ほぼ仕事がゼロ」「嫁からの言葉が胸に突き刺さる」などと反省を述べ、YouTubeチャンネル開設(72歳時)など新たな挑戦も行った。
しかし、2026年1月10日、骨髄異形成症候群のため死去。所属事務所は同年2月9日に公表し、2月26日に名古屋市内で「お別れの会」を開催した。
事件の教訓と展望
この事件は、生放送の即時性と出演者の人間関係が交錯するリスクを浮き彫りにした。ラジオ業界では、スタジオ内トラブルへの対応やメンタルヘルス管理の重要性が再認識された。
宮地佑紀生氏は名古屋弁トークと地域密着のスタイルで長年愛されたが、事件はキャリアに深刻な打撃を与えた。一方で、復帰後の活動は「自分らしく生きる」姿勢を示すものだった。事件から10年近く経過した今も、東海地方のメディア史に残る出来事として語り継がれている。

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