東海地方で長年親しまれたラジオパーソナリティの宮地佑紀生さんが、2026年1月10日、骨髄異形成症候群のため死去した。77歳だった。所属事務所が2月上旬に発表し、葬儀は近親者のみで執り行われた。宮地さんは「名古屋のみのもんた」と呼ばれ、特に東海ラジオの長寿番組「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」で人気を博した。同番組では1997年から2016年まで、神野三枝さんとコンビを組み、名古屋弁を交えた軽快なトークでリスナーを魅了した。しかし、2016年6月27日の生放送中に宮地さんが神野さんに対し暴行を加え、番組は突然終了。宮地さんは傷害罪で逮捕され、罰金刑を受けた。この事件は東海地方の放送史に大きな衝撃を与え、両者の19年にわたるパートナーシップに終止符を打った。死去の報を受け、過去の功績と事件の記憶が再び注目されている。
宮地佑紀生の経歴と東海地方での活躍
宮地佑紀生さん(本名・宮地由紀男)は、1948年または1949年生まれとみられ、25歳頃からラジオパーソナリティとして活動を開始した。東海地方を中心にラジオやテレビで活躍し、「名古屋の午後の顔」として知られた。特に東海ラジオの番組で長年親しまれ、独特の名古屋弁と歯に衣着せぬトークスタイルで人気を集めた。
宮地さんは「名古屋のみのもんた」と称されるほど、地元で圧倒的な知名度を誇った。複数の番組に出演し、地域のリスナーから厚い支持を受けた。2016年の事件前までは、安定したキャリアを築いていた。
神野三枝との出会いと番組の開始
神野三枝さんは、東海地方を中心にタレントとして活動する人物で、ラジオ出演のほかテレビやCM、エッセイ執筆も手掛けている。宮地さんとの共演は、1997年4月27日にスタートした東海ラジオの平日午後ワイド番組「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」から始まった。
番組は宮地さんがメインパーソナリティを務め、神野さんがアシスタントとして出演。リスナーからのFAXやメール(後年にはメール中心)を紹介し、日常の話題に対して名古屋弁で素早くコメントするスタイルが特徴だった。番組は日本民間放送連盟賞も受賞するなど、高い評価を受けた。
「聞いてみや〜ち」の人気と特徴
「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」は約19年間続き、東海地方の昼下がりの定番番組となった。主な特徴は以下の通り:
- 名古屋弁の軽快なトーク:宮地さんと神野さんの掛け合いがスピード感があり、地元リスナーの共感を呼んだ。
- リスナー参加型:日常の言葉や出来事をテーマにFAX・メールを募集し、即興でコメント。
- 長寿番組としての安定:1997年の開始から2016年までほぼ途切れなく放送され、地域の放送文化を象徴した。
番組は東海ラジオの看板番組の一つとなり、多くのリスナーが日常的に視聴していた。
2016年6月27日の生放送中事件の詳細
2016年6月27日、通常通り放送されていた「宮地佑紀生の聞いてみや〜ち」の生放送中、午後2時55分頃に事件が発生した。番組内でリスナーからのハガキを紹介するコーナーで、神野さんが内容を読み上げた直後、宮地さんが神野さんの左膝を数回蹴り、放送用マイクで唇を殴る暴行を加えた。
放送音声では、神野さんの「痛い痛い」「え?何ですか?」という声や、マイクが強く当たる音が記録されている。神野さんは全治約10日のけがを負った。神野さんは後日、「日頃から威圧的な態度はあったが、暴力は初めてだった」と証言した。
事件後、神野さんは6月28日に被害届を提出。宮地さんは「間違いありません」と容疑を認めている。
事件直後の対応と番組終了
事件を受け、東海ラジオは「極めて遺憾で残念」とのコメントを発表。番組は即時打ち切りとなり、約19年の歴史に幕を閉じた。スポンサーやリスナーへの影響も大きく、放送局は深く謝罪した。
6月30日、愛知県警千種署は宮地さんを傷害の疑いで逮捕。事件は全国的に報道され、東海地方のリスナーに衝撃を与えた。
司法手続きとその後の和解
事件後、名古屋区検察庁は宮地さんを傷害罪で略式起訴。2016年12月14日、名古屋簡易裁判所は罰金30万円の略式命令を下し、刑が確定した。
神野さんは公式ホームページで、「この半年間、ご心配をおかけしたことを申し訳なく思う。一年後、十年後『こんなこともあったね』と微笑んで話せる日がくるよう、前を向いて生き直します」とコメントを発表した。
東海ラジオも改めて謝罪コメントを掲載した。
宮地さんは事件後約1年半沈黙を保っていたが、2017年12月にラジオを通じて初めて公の場で謝罪。「神野三枝さん、ならびに事務所の皆さん、申し訳ございませんでした。事件を起こしました東海ラジオ、ならびにスタッフの皆さん、申し訳ございません」と述べた。
2017年9月29日、宮地さんと神野さんは円満に和解。所属事務所が「円満に解決いたしました」と報告した。
宮地佑紀生の晩年と死去
事件後、宮地さんは表舞台から距離を置く時期があったが、一部で活動を再開した。詳細な晩年の活動については公表が少ない。
2026年1月10日、骨髄異形成症候群のため77歳で死去。所属事務所が発表し、「葬儀は近親者にて執り行いました」と伝えた。死去の報は2月上旬に公となり、東海地方のメディアで大きく取り上げられた。
事件と死去が東海放送界に残した影響
宮地佑紀生さんと神野三枝さんのコンビは、東海地方のラジオ文化を象徴する存在だった。19年間の共演は地域のリスナーに深い印象を残し、多くの人が「聞いてみや〜ち」を日常の一部として愛聴していた。
一方、2016年の生放送中暴行事件は、放送現場のリスクやパーソナリティの責任を改めて問う出来事となった。番組の突然の終了はリスナーに喪失感を与え、事件は長く記憶に残った。
宮地さんの死去により、功績と論争の両面が再び振り返られている。神野さんは事件後もタレント活動を続け、エッセイ執筆などで活躍中だ。
今後、東海地方の放送関係者やリスナーは、宮地さんの娱乐性豊かなトークを懐かしみつつ、事件の教訓を胸に新たな番組づくりを進めるだろう。宮地佑紀生さんの死は、一つの時代が終わったことを示している。

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